ICJLE日本語教育講演シリーズ 

2014年4月1日更新

この講演シリーズでは、オーストラリアで活躍中の日本語、日本語教育研究者の研究成果を披露します。講演者の中、皆川氏は現在ニュージーランドのオークランド大学所属ですが、新たにニュージーランドの日本語教師会が発足することを記念し、また、大洋州の連携の証しとして、オーストラリアで教育を受けた皆川氏をお呼びすることにしました。オーストラリアの研究最先端をお楽しみください。

(講演は全て日本語で行われますが英語のパワーポイントがつきます。)

日本語教育講演シリーズは西シドニー大学のチームが企画しました。

ICJLE日本語教育講演シリーズ 1

Japanese language education in Australia: an overview of the current environment
『オーストラリアにおける日本語教育の環境と現状』

10日(木)11:00-12:00

ロビン・スペンスーブラウン博士、モナッシュ大学

ロビン・スペンス-ブラウン氏は、長年に渡りオーストラリアの小・中学校の日本語教育において深く携わっており、試験やカリキュラム開発など、数多くの言語教育関係委員会で活躍している。メルボルンのモナシュ大学の言語・文学・文化&言語学学科に所属、日本語教授のほか大学院で第二言語習得及び、アジア言語教育の講座も担当している。スペンス-ブラウン氏の研究分野は言語教育政策及び応用言語学で、最近の研究ではオーストラリアにおける日本語教育、評価と達成、情報通信技術(ICT)を使った言語教授など多岐にわたっている。

スペンス-ブラウン氏は日本語教育の現況について20年以上研究を続けており、1992年のオーストラリア政府受託報告書Unlocking Australia’s Language Potential: Japanese(H.E.マリオットとJ.V.ネウストプニーと共著)と、2010年のアジア教育基金とオーストラリア政府、教育・雇用・職場関係省に対するオーストラリアの小・中学校における日本語教育の現状報告書(アン・デクレッツァと共著)を共同執筆した。現在、日本語教育メルボルン・センターの運営委員会の議長、日本研究センターの副所長。

講演要旨

21世紀当初の10年間、日本語はオーストラリアで学習者数が最も多い言語で、世界的にもオーストラリアは日本語学習者数が三番目に多かった。しかし、近年、日本語学習者数は減り、日本語教育の立ち位置は過去に比べ不安定なものになってきている。

今でも、日本文化への興味から日本語を習う学習者は多いが、日本語の経済的、実用的価値は低下しているようだ。同時にオーストラリアの教育がおかれている環境や政策も変遷し、言語教育に良くも悪しくも、様々な影響を与えている。また、グローバル化により、日本語教育の国際的な動向がオーストラリアの事情にも影響を与えることになるが、オーストラリアの受け止め方には独特なものもある。

本講演では、日本語教育の置かれた経済的、政治的、社会的環境、オーストラリア社会における言語学習の役割、日本語学習者の学習動機など、オーストラリアの日本語教育を形成してきた多様な要因を検討する。オーストラリアの日本語教育の現状の片鱗を提示し、それが将来的にどのような意味を持つのか検討したい。

ICJLE日本語教育講演シリーズ 2

Acquiring Japanese as a second language: Processability Theory and its applications to pedagogy
『第二言語としての日本語習得:処理可能性理論とその教育分野への応用』

10日(木)13:00-14:00

川口智美博士、西シドニー大学

川口智美氏はオーストラリアの第二言語としての日本語習得研究を牽引してきた。川口氏は福岡県出身で1990年に渡豪。オーストラリア国立大学で応用言語学修士終了後、処理可能性理論の提唱者であるマンフレッド・ピーネマン教授と出会い、その理論に魅了されピーネマンの指導の下、同大学で言語学修士を修めた。その後、処理可能性理論の日本語習得への応用で博士号取得(西シドニー大学)、2005年にピーネマン等と共に拡大処理可能性理論を発表した。現在、西シドニー大学で日本語、第二言語習得概論、リサーチ・メソッドなどの教鞭をとっている。川口氏は、「第二言語習得の理論構築」と「習得理論に基づいた言語教育の実践」のふたつを軸に研究・教育活動を行っており、2010年には日本語教育への多大な貢献に対しALTC(the Australian Teaching & Learning Council)賞を受賞している。Learning Japanese as a Second Language (Cambria Press 2010) の著者。他に第二言語としての日本語・英語の文法習得、コミュニケーション・テクノロジーの言語教育への応用などをテーマとし多数の論文を学術誌から出版している。

講演要旨

過去30余年の第二言語習得研究によると、理論に基づいた第二言語教育は学習者の第二言語能力の最終達成度を高め成功に導くことができるという結果がでている。本講演では、ドイツとオーストラリアを中心に理論構築が行われてきた処理可能性理論(Processability Theory, Pienemann, 1998; Pienemann, et. al., 2005)を紹介し、日本語教育への応用に焦点を当てていきたい。処理可能性理論は、文産出の際、作業記憶容量や語彙検索のスピードの制限といった言語処理における認知的制限が、学習者の言語発達に制限を加えると説明しており、この概念に基づいた不変的な第二言語発達段階があると仮定している。また、普遍的発達段階をそれぞれの言語へ応用することにより、どのような文型や形態がどの時点で習得可能かという外国語教育への示唆が出てくる。また、プラグマティックとシンタックスのインターフェースの観点からみたスピーキング・スキル習得の研究結果(Kawaguchi & Di Biase 2012)も紹介する。更に、本講演では、msnを使ったe-タンデム学習、e-ムービーの製作といったL2学習アクティビティーの実践結果を処理可能性理論の観点から分析する。処理可能性理論は、シラバスやタスクのデザイン、そして学習者の言語発達状況のモニターといった分野で外国語教育への貢献を果たすことが可能であることなどから、第二言語教育の成功に有効な理論であるといえる。処理可能性理論を取り入れた日本語教育は、最終的には学習者が社会とつながり日本語コミュニティーに参加していくことができる言語能力を育成していくことに貢献するといえる。

参考文献

Kawaguchi, S., & Di Biase, B. (2012). Acquiring procedural skills in L2: Processability theory and skill acquisition. Studies in Language Sciences, 11, 70-99.
Pienemann, M. (1998). Language processing and second language development: Processability Theory. Amsterdam: John Benjamins.
Pienemann, M., Di Biase, B., & Kawaguchi, S. (2005). Extending Processability theory. In M. Pienemann (Ed.), Cross-linguistic aspects of Processability Theory (pp. 199-252).

ICJLE日本語教育講演シリーズ 3

Connecting language ideology and language education ideology
『言語イデオロギーと言語教育イデオロギーをつなげる』

10日(木)15:00-16:00

尾辻恵美博士、シドニー工科大学

社会言語学研究の新鋭尾辻恵美氏は、シドニー工科大学で日本語・文化プログラムのコーディネーターとして活躍している。東京女子大学で学士(哲学専攻)を修めた後、オーストラリアに渡りマッコーリー大学で応用言語学修士号、シドニー工科大学で博士号取得。尾辻氏の博士論文は、「移民・バイリンガリズム・言語接触」の研究分野における最優秀論文として豪州言語学会と、豪州応用言語学会 からMichael Clyne賞(2009年)を授与されている。主な研究分野は、グローバル化の日常言語活動への影響、パーフォーマティブ論に基づいた言語とアイデンティティの研究、言語教育における批判的教授法などが挙げられる。現在、モビリティ(移動性)という視点から現存のマルチリンガリズムの概念を再考し、応用言語・社会言語学会で世界的に著名なアラスター・ペニークック教授と共にメトロリンガリズム「街と言語」という切り口からグローバル化と言語使用の関係を研究している。尾辻氏の研究論文は、言語学分野で権威のある学術雑誌Applied Linguistics をはじめInternational Journal of Multilingualism and Multiculturalism, International Journal of Bilingual Education などから発表されている。また、学術雑誌『多言語多文化研究』の日本語エディターとして、多言語多文化に関与する研究を日本語で発表する場を推進すると共に、尾辻氏自身も『リテラシーズ』、『世界の日本語教育』などに日本語論文を出版し、日本語話者・読者の海外研究最前線へのアクセスを可能にしている。2015年にはRoutledgeより、Metrolingualism: Language in the city(アラスター・ペニークック教授と共著)および、Languages and Identities in a Transitional Japan: From Internationalization to Globalization(編著書:中根育子、 アーマー・ウィリアム、尾辻恵美)が出版予定である。

講演要旨

当発表は、実際の日常生活における言語使用、言語イデオロギー、言語教育イデオロギー間に存在するギャップとそこから生じるジレンマについて考察する。昨今Superdiversity (多様性の中の多様性Vertovec 2007, 2010; Blommaert, 2013)、 Mobility(移動性 Pennycook 2012)が社会言語学の議論のキーワードとなっている。これらの議論の中で、マルティ・バイリンガリズムは国家、言語、文化の1対1に対応するするモノリンガリズム的な言語イデオロギーから抜けきれていないとし、多様な言語資源が混在する流動的な現状の言語使用を表明するためには新しい言語イデオロギーに基づいた言語理解が必要であると提唱されている。トランスリンガリズム、ポリリンガリズムに並び、メトロリンガリズム(Otsuji & Pennycook 2009, 2011, 2014)も同じ議論の流れを汲むもので、日常の言語使用に注目し、「シティ:街」における多様な言語資源の使用を検証することを目的としている。

このように社会言語学では実生活における言語使用の多様性が唱われ、分別的な「言葉」の定義自体が問題化されている一方、言語教育イデオロギーにおいては言語教育(学習)とは対象言語をマスターすることを目的とするモノリンガリズム的な思考が未だに支配的である。そこには、固定的で本質的な「日本語」を学ぶという言語教育イデオロギーが根本理念として存在している。Superdiversityの時勢、日常生活の言語使用、言語イデオロギー、言語教育イデオロギー間のジレンマに言語教育はいかに対応すればよいか、今後の課題として提唱したいと思う。

ICJLE日本語教育講演シリーズ 4

Grammar made easy: How intuitive visual images can assist in the teaching of Japanese grammar
『易しく学べる文法 - 視覚からの理解を利用して教える日本語文法』

10日(木)16:30-17:30

皆川治美博士、オークランド大学(ニュージーランド)

皆川治美氏は、日本語文法研究と教育の両分野で、従来の方法にとらわれないアイデアの豊富さで知られている。オーストラリア国立大学で日本語教育に携わりながら博士号を取得後、ニュージーランドに移住。現在オーストラリアで活躍している日本語文法習得研究者及び教育者の中には、皆川氏に多大な影響を受けたという者も多数いるといわれている。そういった意味で皆川氏は、オーストラリア・ニュージーランド地域における今日の日本語教育の先駆者かつリーダーだといえる。皆川氏は、現在、長く白い雲のたなびく国、ニュージーランドのオークランド大学で日本語言語学と外国語としての日本語を教えている。そして、「何かに気づいたときに学生の好奇心に満ちた目がきらっと光るのを見るときに教師としての情熱を感る」と教師としての情熱を語っている。

皆川氏の研究分野は文法の意味で、日本語の名詞句に通常表されないと言われている数、冠詞、スペシフィシティーなどの意味がどのように日本語にも表されるかという興味深い研究を数年続けている。現在は色々なナラティブにおける主観的把握の表現についても研究を拡張している。Marking of case and referential intent: A study of the ka-indefinite noun in Japanese (Journal of Pragmatics, 2012)、Spirituality interpreted: A case of complex lexical borrowing in Japanese (Journal of Japanese Studies, 2012) など著書多数。

講演要旨

このセッションではパワーポイントを使った日本語の文法を教えるメソッドを紹介し、ワークショップの形で検討する。すでにオークランド大学での授業に組み込まれ、ニュージーランド各都市の先生方、パースの先生方のためのワークショップでも紹介され、好評を受けたこのメソッドは、視覚という、瞬時に多くの情報を表示することのできる方法を利用し、日本語の統語規則とそれを統制する意味関係を初級の学習者に直感的に理解させようとするものである。また、並んでいる単語の順序が文法構造を表しているというような固定概念を打破することも基本的な目標としている。日本語のように初級の段階から語順の比較的自由な移動、省略、主題化など語用論的なインターベンションが入る、つまり、表面構造と意味・統語構造にギャップのある言語の説明としてこのモデルは効果のある方法である。

セッションでは動詞の項の結合価、拡大文法などの言語学的規則に基づきながら、項を作る格助詞や付加的な格助詞、格助詞とは違う次元にある副助詞の「は」や「も」、疑問詞の使い方、省略、名詞修飾、複文構造などをモデルの持つ空間的、色彩的概念を使い考えていく。

ICJLE日本語教育講演シリーズ 5

Japanese Community of Practice: Connecting tertiary education and the world beyond
『日本語の実践コミュニティ:大学の日本語教育と社会のつながり』

11日(金)16:30-17:30

トムソン木下千尋教授、ニュー・サウス・ウェールズ大学

トムソン氏の貢献なしに今日のオーストラリアの日本語教育を語ることはできないであろう。ニュー・サウス・ウェールズ大学文学部教授、豪州日本研究学会(Japanese Studies Association of Australia)元会長、日本語教育グローバル・ネットワーク豪州代表。東京出身、学習院大学卒業後、アリゾナ州立大学で教育学修士、博士課程卒業(教育学博士。シンガポール国立大学を経て、1993年より現職。

トムソン氏はオーストラリアで随一の日本語学習研究者として知られている。ニュー・サウス・ウェールズ大学では、日本・韓国研究学科長及び近代言語学部長を歴任。また、研究論文指導教官として多数の大学院生も育成してきている。研究分野は、日本語教育一般、主に日本語学習。顕著な出版物には、自律学習に焦点を当てた『学習者主体の日本語教育』(トムソン編著2009)、『日本語教育と日本研究の連携』(トムソン&牧野編著2010)他、多数の論文が『世界の日本語教育』、『日本語教育』など権威のある学術誌から出版されている。最近の研究テーマでは、学習者の実践コミュニティ(Community of Practice)に基づいた日本語教育の推進が取り上げられる。日本語教育への多大な功績に対し2007年には、「シドニー日本総領事賞」が授与されている。

講演要旨

大学教育の目標は、飽くなき探求者として、社会のリーダーとして、職業人として、そして、世界市民として、積極的に社会参加して行くことのできる卒業生を育てることだというようなことが私の勤める大学のホームページに書いてある。それを受けて、当学には大学生活最後の学期に受講するキャップストーンというコースが設けてあり、同専攻の学生を集めて大学での勉学と社会参加との連携をその専攻の文脈で現実的なものとするような授業を行うことになっている。日本語•日本研究専攻の学生達も卒業間際にキャップストーン•コースにやってくる。

本講演では、日本語•日本研究専攻キャップストーン•クラスという実践コミュニティを検討する。実践コミュニティとは、「あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めて行く人々の集団」(ウェンガー、他2010)である。2013年キャップストーン•クラスの32人の学生は、日本研究というテーマのもとに集まり、担当教師やサポートメンバーと関わり、つながりながら、グループ研究を行い、そして、シドニーの日本人コミュニティのみなさんに「自分たちの見つけ出した日本」を発信し、フィードバックを得た。彼らは、その過程で自分たちの日本語を磨き、日本に関する知識を深めると同時に、日本語の実践コミュニティを作り、そこで「コミュニティに参加する」という形の学習を行った。

キャップストーン実践コミュニティへの学生の参加は、大学卒業後のコミュニティ参加の予行演習として機能しただけでなく、キャップストーン•クラス自体がコミュニティを成し、日本語を使った学生の実践は、それ自体が社会参加そのものであった。この試みは、日本語コースを日本語の実践コミュニティとして構築して行くことによる実践コミュニティの可能性のひとつを示すものである。

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